8月24日開催トークイベント報告
2013年8月24日(土)、川西市みつなかホールにおいて、能勢電鉄開業100周年記念トークイベントを開催しました。
当日は、沿線の方だけでなく、近畿外からもお申込みいただき、あいにくの天候でしたが、300名を超えるみなさまにお越しいただきました。
当日の様子はダイジェスト映像で、またお話しいただいた内容は要約でまとめさせていただきました。 ぜひご覧ください。
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開演前

ステージに向かって右側のスクリーンで、「私とのせでん思い出のフォト&100文字エピソードコンテスト」カテゴリー賞及び入賞27作を上映し、開演を待つご来場者の みなさんにご覧いただきました。
また、開演直前には、ステージ正面のスクリーンに、有志によって制作された「のせでんPV」を上映しました。
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ロビー展開

開業100周年記念グッズの販売と、大阪大学学生さんによる「のせでん未来戦略会議」パネルセッションと題したパネル展示を展開しました。
記念グッズ販売
記念グッズ販売

開業100周年記念グッズだけでなく、ぴょんちゃんのんちゃんグッズも販売されました。
パネル展示
記念グッズ販売

「のせでん未来戦略会議」では、来場者の皆さんが学生さんの説明を聞きながら、熱心にパネルをご覧になっていました。

オープニング

川西市民創作ミュージカル「川西の金太郎」の子どもたちの合唱でオープニングを飾り、2曲目の「線路は続くよどこまでも のせでんVer.」では、来場者のみなさんもいっしょに歌っていただきました。
川西の金太郎
来場者と共に合唱

主催者挨拶

弊社取締役社長 岸本和也がご来場の皆様にご挨拶申し上げました。

<要約>

日ごろよりのせでんをご利用いただき、ありがとうございます。
1913年4月13日、川西能勢口から一の鳥居まで6.4km7駅で営業を開始し、10年後には妙見口まで延伸を果たしました。
沿線の皆様には、のせでんという愛称で呼んでいただき、いろんな事業を展開してまいりました。
その間、幾多の困難もありましたが、沿線をはじめとする多くの皆様のお力添えで、主催者挨拶乗り越えることができ、開業100周年をむかえることができました。
今日は、みなさんの話を拝聴させていただき、これまで以上に魅力のあるそして夢のある鉄道に進化していくために、また、沿線の皆様にお役にたつように、今後の鉄道運営に活かしていきたいと考えております。
これからも安全で安心を最優先に、鉄道事業の使命をはたしつつ、のせでんだからできることに積極的に取り組み、沿線の皆様に愛される鉄道を目指してまいります。

第一部基調講演「これまでの100年」

園田学園女子大学名誉教授   田辺眞人先生
神戸学院大学客員教授

のせでんの成り立ちや歴史的背景などについてお話しいただきました。

<要約>

基調講演風景私は歴史の先生ですが、歴史というものは、現在に役立つ未来にヒントになる過去でなければなりません。そんな立場から、現在の町や地域の将来についていろんな発言をさせていただいているうちに、今回このような大切な場に出番を作っていただき感謝しております。

さて、常に北にある星をヨーロッパでは北極星、日本では「北辰」といいます。
この北辰を仏教では「妙見菩薩」と呼んでいます。
北の方にあって北極星をさしているような山の上に、北辰が能勢の妙見郷で祭られています。国を安定させ災いを除くというのが妙見菩薩の信仰で、江戸時代から多くの人が参っていました。
100年前の当時の一般の観光は神社仏閣だったので、その輸送を目的として鉄道をつけようということになりました。そして、もうひとつの目的は、3つの白(米、酒、寒天)と黒い色(牛・栗・炭)の物産を山間部から平地へ運ぶことでした。

明治22年に日本で最初に作られた地形実測図のこのあたりのところをみますと、まんなかを流れているのが猪名川で、大阪平野の出口のあたりに東と西に村や集落があります。
川の西は比較的低いため、弥生時代から川の水を引き、大きな農耕集落がありました。
ここを大規模に開発したのが源氏二代目の源満仲です。ある伝説によれば、源満仲があるとき住吉大社におまいりしたところ、住吉の神さんから北の方へ向いて力いっぱい三本の矢を放ち、矢が突き立った地を拠点にすれば発展すると言われたとか。そこで言われた通り矢を放ち突き立った多田に本拠を置いたといわれています。
台風が発生する地は経済発展が遅れています。阪神間は台風の直撃が少ないので経済発展がかなりはやい土地ではありますが、とりわけ多田は盆地になっているので、自然災害による影響をほとんど受けないため、満仲が経済力と政治力を持ち、源氏の基礎を作りあげていくには好適な地だったということになります。

さて、このあたりの地形についてですが、宝塚のあたりから京都盆地の西南にかけて、有馬高槻構造線(花折断層)という名前の地割れがあります。地中深くにあった水分が圧力と熱で変質したものがこの地割れにそって、湧き出してきます。火山のない所に湧く温泉の多くがこれです。
この断層の線に沿って湧き出している温泉を列挙すると、宝塚温泉、有馬温泉、平野のみなとや温泉、生瀬のウィルキンソン、炭酸泉、宝塚の荒神温泉、伏尾温泉、能勢の奥に汐の湯温泉、昔は雲雀丘温泉、花屋敷温泉がありました。川西に湯山台という地名がありますが、湯本、湯山というのは温泉口が多いので、ここはかつて温泉が湧いていたにちがいないと思います。
猪名川の支流に塩川というのがありますが、塩分の水が流れてるということはナトリウム泉があったということです。つまり、川西から電鉄に沿って温泉が湧きだす可能性が今も非常に高いといえます。

さて、江戸時代になりますと人々は旅をし始めます。江戸時代からあった交通路は近代になると鉄道ができ、高速道路ができています。今から150年ほど前の摂津の地図をたどっていくとそれがよくわかります。

それでは、年表に沿って能勢電鉄の開業の背景について話をすすめます。
明治1ケタの時代に、国は東京-横浜間と大阪-神戸間に鉄道をつけ、その後20年かけて東海道全線が開通します。
ところが、まだ国は十分な資本を持っていなかったので、民間の活力を利用しようと、鉄道会社建設をすすめていくわけです。その結果、私立の山陽鉄道や日本鉄道が東海道線の東側や北側に日本の鉄道網を作っていきます。
次は日本海側だということで、兵庫と大阪の財界は福知山を通って舞鶴へ行く鉄道を、京都側の財界は京都から福知山を通って舞鶴へいく鉄道の計画を立てます。
しかし、この競争で京都側が先に勝ってしまったので、兵庫と大阪は舞鶴をあきらめて、福知山までの鉄道を完成させました。これが私立阪鶴鉄道といわれる鉄道です。今の福知山線ですね。
その後、日露・日清戦争の後、国は結構ゆとりがでてきたので、鉄道国有法という法律を作って、民間に作らせた鉄道を買いしめていき、民間に「鉄道」という名称の使用を禁じます。また同じころ、電気鉄道の建設も始まっていきます。
能勢電鉄は、日露戦争が終わった明治38年、能勢電気鉄道という名前で会社の設立申請をするのですが、その翌年には名前を変えざるをえず、能勢電気軌道となりました。
まず、一の鳥居まで開業し、そこからは乗合自動車で妙見口まで人々を運びました。
同時に、能勢口で今の阪急電車の前身である箕面有馬電気軌道とは連結していましたが、阪鶴線、今の福知山線と結ぶために池田駅前までの延長を行いました。
大正12年には、妙見口まで鉄道が通り、これまで以上の人々が妙見山へくるようになりました。
また、伊丹まで線路を伸ばして大阪平野まで進出するという計画もあり、さらに大正14年にはケーブルカーも開業しました。
昭和の時代になり、温泉の経営や多田での土地開発を少しやりますが、デフレ不況が続き、伊丹までの延伸計画は挫折してしまいます。

基調講演風景さらに、昭和16年に太平洋戦争が始まりますと、世の中はもっと厳しい状態になり、昭和19年には、金属資源の不足ということで、お寺の釣鐘や仏像などとともに、妙見鋼索鉄道は廃業させられ、とりはずされて鉄砲の弾にされてしまいます。
そして翌年敗戦。
能勢電鉄の記録によりますと、昭和20年代はしきりに運賃を改定しています。
これは戦後の経済の狂乱の中で、物価が急変動したためです。

戦争が終わって、ひと段落する昭和24年頃、能勢電鉄は、吉川から京都府の亀岡まで路線を延長するというかなり大きな構想を持っておりました。その後も、昭和31年、伊丹まで再び路線延長の計画がでています。
つまり、京都府の亀岡から阪急の伊丹まで南北の鉄道を通すということですが、いずれも実際の土地の買収や工事の技法の面から中断せざるを得なかったようです。
ところで、先にお話ししたように、このあたりは温泉が湧いている断層があり、平野のあたりの地割れからは炭酸泉がわいているので、明治の頃に炭酸泉に味を付けて売るというビジネスが生まれます。源満仲が多田を手に入れたいきさつの伝説からこの炭酸水の名前は三ツ矢サイダーと名付けられたのですが、この三ツ矢サイダー、明治の頃には、川西経由で大阪に行く量よりも、当時の福知山線で大阪へ運ばれる量の方が2倍ほど多かったので、能勢口から池田まで鉄道を延伸させた理由のひとつはサイダーを運ぶためだったといってもいいと思います。
昭和35年、高度経済成長が始まる時期に、妙見山にケーブルが再開され、さらに観光リフトも敷設されて、妙見登山の観光施設が再開されます。
そして、昭和30年代の終わり頃に、能勢電鉄沿線の状態に東京資本の西武が注目し始め、影響力を行使し始めます。
そこで、西武の参入をくいとめるため、能勢電鉄は阪急側につくという決断をします。
ちょうど阪急の系列に入った頃に、能勢電鉄は沿線開発を開始します。
まず昭和40年に、山本あたりの土地の分譲を、昭和42年には鶯の森やときわ台の分譲を開始し、山の中にときわだい駅が、昭和51年には光風台の駅が作られました。また、車両の増量や複線化がすすめられていきました。
能勢電鉄が沿線開発の大きな原動力となっていき、昭和53年には能勢電鉄株式会社と社名を変更します。
さらに阪急電車の系列協力がすすめられいった結果、平成9年には、日生中央から梅田まで直通列車が走ることとなり、沿線の住宅地は急速に便利になっていきました。

日本の鉄道建設の歴史とともに、能勢電鉄もスタートしているわけですが、能勢電鉄の最初の目的は宗教的な参詣でした。それが昭和になってからは、沿線の大規模な開発住宅化への原動力になったというわけです。

後半は、これからあと100年、どんな夢や希望があるかということを皆さん方とお話し合いするということですから、ひとまずここで私の話は終わりにしたいと思います。
どうもご清聴ありがとうございました。

私とのせでん思い出のフォト&100文字エピソードコンテスト表彰式

■審査員長総評

宝塚大学造形芸術学部教授 吉川直哉先生
宝塚大学造形芸術学部 吉川直哉教授

<要約>

先日他の審査員の方といっしょに審査をしました。大変ご苦労というご紹介がありましたが、実は大変楽しかった。
写真が専門なので写真の良しあしはわかりますが、これはエッセイも入っているので、技術的なこととか写真のよしあしだけではかることはできません。ましてやみなさんの思い出がいっぱい詰まっています。
私が生まれる前の写真もあるし、最近の話も、お子さんの話、笑顔いっぱいの写真、ちょっとほろりとする話などたくさんありました。
それを甲乙つけるのは非常に難しかったのですが、すてきな作品たくさんの笑顔そういうものを選ばせてもらいました。本当に僅差でたくさんのすてきな作品がありました。
機会があれば、他の作品と物語をぜひ楽しんでください。

■表彰式

最優秀賞 「笑顔になった日」 兵庫県川西市  木内美由紀さん
優秀賞 「急げ!」 大阪府豊能郡  おかべさん(ペンネーム)
「お母さん!あの白い野球帽はどこへいったんでせうね?」 大阪府豊能郡  光風子さん(ペンネーム)
「僕はのせでんの運転手」 大阪府豊能郡  教野道雄さん
審査員特別賞 「国鉄前の駅にて」 兵庫県川西市  雄城康子さん
表彰式
表彰式

 

第二部トークイベント「これからの100年」

コーディネーター 園田学園女子大学名誉教授 
神戸学院大学客員教授
田辺眞人先生
パネラー 川西市商工会副会長 荻田雅人氏
  マルチタレント 斉藤雪乃氏
  能勢電鉄株式会社顧問 暮部一朗氏
  落語家 露の団姫氏

「これからの100年」をテーマに、のせでんへの提言や夢をそれぞれの立場で語っていただきました。

<要約> 以下敬称省略


自己紹介~のせでんとのかかわりをテーマに~

トークイベント

荻田:

川西市内で事業所を営んでいる一方、街はカーニバルプロジェクトと名乗り、イベント(川西音灯り、東谷ズムなど)を通したまちづくりということで川西市に携わらせてもらっています。
能勢電車さんとは共に地元事業者として、川西だけでなくのせでん沿線のまちづくりをしていこうという話を日ごろからしているので、今日は、そういった角度から、私たちの活動の紹介やのせでんさんががんばっていることなどの話をしたいと思っています。

斉藤:

鉄道の旅が大好きで、縁あって、呼んでいただきました。
以前、川西の駅前で開催された関西学院大学鉄道部OBのイベントの司会をしたのが川西とのかかわりの最初。
今日は鉄道会社のイベントに読んでいただいて本当にありがたく思っています。
今日は、みなさんといっしょにのせでんのことを話し合っていけたらいいなあと思います。

暮部:

昭和35年妙見ケーブルが戦後再開した時に入社しました。車掌運転手などを経て、平成からは総務関係の仕事に就き、100年の歴史の中で52年間この会社でお世話になりました。
今日はどうぞよろしくお願いします。

露の団姫:

門戸厄神に師匠の露の五郎宅があり、そこで住み込みで修行していたとき、よく行った西宮北口で、妙見山へいこうというポスターがあり、そこにのっていたぴょんちゃんのんちゃんのファンになり、能勢妙見にも興味があったので行くようになりました。
おそらく落語家の中で仏教徒の中で、いちばん能勢が好きな人間だと思います。

のせでんで一番好きなところは?

荻田:

ビール列車やジャズトレインなど、電車を利用するイベントの中でいちばん感動したのが風鈴列車。
沿線の小学校のこどもたちが手作りした風鈴にメッセージをつけて飾っているのですが、人の顔がみえる、そういう演出ができる、それを沿線の中の広い範囲で紹介でき るすぐれたツールを持っているというところが好きなところというかうらやましいところです。

※のせでん沿線のおススメの場所は?

荻田:

山下から妙見へ至るルートはなかなかこのあたりでは見られない風景。
タイムスリップしたような感じがあります。

斉藤:

実はこの前改めて、能勢妙見里山ぐるっとパスに乗って妙見山まで行ってきました。
上に行くにつれ、緑の色が濃くなり、気温も下がっていくので夏場はぴったりだと思いました。
ケーブルに乗ると、里山がたくさんみえる風景もすてきでした。
いちばん印象に残ったのは、風鈴列車もそうですが、ホームにあるプランターなど列車の形をしているのですが、手作りのものがたくさんあったこと。
手作りのあたたかさが伝わってきました。

暮部:

能勢妙見里山ぐるっとパスについてですが、できるだけ安く皆様方に妙見山にきていただきたいということで、企画乗車券を通常の半額ぐらいの価格で提供しています。
いいところはたくさんありますが、風景なら、やはり山下以北。たくさんの自然が残っています。
川西能勢口からわずか15分で、すばらしい自然の光景が広がります。妙見山までは、川西能勢口からわずか1時間、大阪からも1時間半で行けます。
妙見山は遠くに感じるかもしれませんが簡単にいけるのでぜひ利用していただきたいです。

斉藤:

ケーブルからリフトまで歩かないといけないのですが、それがちょうどいい運動になりました。

露の団姫:

なにより、空が青い!というのが初めていったときに感動したところ。
日帰りで、わずかな時間で大都会から別世界に行ける。大阪のてっぺんで大の字になって寝れるそういう解放感を味わえる。
達成感というか、体力のない私でもちょっといってちょっとのぼっておりてくることができるので、自分の自信にもなります。それを味あわせてくれるところ。
基調講演で、妙見菩薩の話がでましたが、菩薩というのは仏様とちょっと違う位。仏様になるための修行中の段階を菩薩といいます。つまり、妙見山は、大阪というか近畿全体を見守りながら、関西と一緒に成長していくそういう山でもあるので、それが私たちにやる気を与えてくれるんじゃないかと思います。

※逆に今何か望むことは?

露の団姫:

バスですかねえ。バスの本数が増えることと安全運転してもらうことです。

※ここで、露の団姫氏仕事の都合で退席

これからの能勢電鉄に望むことは?

斉藤:

今のままをこれからの100年も保ってほしい。さらに欲をだすなら、観光列車の充実。
たとえば、列車をまるごと改造するとか、停まった駅ごとでなにか催し物があったりとか、何か売っているとか、乗って楽しめる列車に・・。停車時間を長くするとか・・。

暮部:

全区間あわせてたった15kmそこそこで、通勤通学が中心なので、ラッシュ時は、なかなか難しいですが、これまでも社員がいろんなことを考え、手作りで実施しているの で、そういった中で今のご意見は参考にさせていただきたいと思います。

田辺:

日常的な利用者と非日常的な利用者の両方を満足させるというのは難しいですが、なんとかあわせて・・。
会社のスタッフのみなさんが一生懸命もてなしを楽しんでいるのがいいですね。

荻田:

人とのつながりがのせでんさんを介してできあがってくることが多いんですよ。
たとえば、開演前にスクリーンで放映されたPVは、FMCOCOLOのDJの方が無償で作ってくれたもの。
川西、豊能、猪名川にたいへん魅力を感じてくれたのがきっかけで、土曜日の彼の番組の中でも、よく川西についてお話しいただいています。
少子化や定住化というのが問題になっている中で、まちづくり的なところで、電車が新しい形になっていかないかなあと思います。まちづくりトレインみたいな。

田辺:

川西の地域活性化の会議のなかでも、市民の意見として、のせでんさんが協力してくれるからこんなことができているといった意見が多いです。
15kmという、長距離ではない、大規模な鉄道会社でないとういところがいい手作り感を残してこれたということ。
地域と密着してこういう面で発展していってほしいと思います。

※もっとダイナミックな荒唐無稽な夢はありませんか?

トークイベント

斉藤:

海外のお客さんをたくさん呼ぶ・・とか。海外の人とは言わなくても、関西外で、のせでんをアピールする場がもっとあればいいですね。

田辺:

発信は大事。川西市生涯学習短期大学学長の木津川計さんが、地域の個性を作る要素は「自然の景観」「文化の蓄積」「情報の発信」の3つであると言っておられます。
山下から妙見山へは、よそにない車窓の景色がすばらしいのにPRが不足しています。
もうひとつ、川西市の弱かったところは、ここは本当に源氏のふるさとなのに、川西はそれを丁寧に説明してこなかったために、それを知らない人の方が多いということです。

荻田:

文化を活かしていくのが人なわけですが、この人自体がその町にどう関心を持つかが一義的にあるわけで、これがいまいちなってないと、文化をうまく活かしきれていきません。
最近、川西は何色なんだろうということをよく考えるのですが、私には透明にしか見えないんですね。伊丹や宝塚は色が出てくるのですが・・。
この町にはまだまだ色を感じない。それは人の心がまだ熟成されていないからかなあと。能勢電車の色はマルーン色だとか。
たとえば、川西といえばマルーン色・・といったように、色がでてくるといいなあと思います。

斉藤:

私の小さい時、のせでんはミックスジュース色でした。白とオレンジの縦が交互に入った・・。
あの色がのせでんのイメージが強い、オレンジが。

田辺:

色を決めたほうがいいのでは?

斉藤:

提案ですが、めだってなんぼという精神を出して、いろんな模様やいろんなカラーリングの列車が走ったらどうでしょう?

暮部:

今のところ、色の変更の予定はないのですが・・。
阪急電鉄の色を継承しているので、1~2年で変更は難しいかと思いますが、そのあたり社長に伝えておきます。

斉藤:

みんなで色を塗るとかはどうですか?この車両は○○小学校の皆さんで・・とか

田辺:

乗客参加でね。
たとえば、米子から境港までの境線は乗客が驚くほど多い。そして乗客は駅で停まるたびに駅の看板を写真に撮っています。
この路線では、ニックネームをつけていて、妖怪の名前になっています。一反木綿駅とか。
最後は鬼太郎駅。私の夢ですが、これと同じように、のせでんの駅名にも源氏の名前をニックネームとしてつけるというのをやりたい。
川西能勢口は、満仲駅にして・・。全国の人が注目するのでは?
多田神社を中心に展開したらおもしろいと思います。

斉藤:

シブい路線になりそうですね。

暮部:

のせでんの駅名にはそれぞれ由来があり歴史があり、今の駅名は好評なので・・。

田辺:

私のもう一つの荒唐無稽な夢は、伊丹から亀岡まで電車を通してほしい。
伊丹まで行くと塚口で乗り換えて北摂に来る人が増えるはずです。神戸側からは結構不便なので。

これからのせでんとどういうふうにかかわっていきたいと思っておられますか?

斉藤:

日生エクスプレスに乗って通勤してみたいと、かねてから思っていたので、旅を通して、いつか日生中央に住んでみたいと改めて思いました。暮らしやすそうですし。

※日生エクスプレスの魅力とはなんですか?

斉藤:

一番は名前です。二行表示されるのをみてずっと気になっていました。
名前への憧れもありました。実際日生中央に行ってみて、バスの発着も多く、人もたくさんいたので、住みやすそうだと思いました。

田辺:

日生エクスプレスを通勤に使うだけでなく、これを観光用にも使って、たとえば三宮から梅田を通って妙見口まで行くビール電車を運行させるとかすると、のせでんの存 在を阪神間でもっと認識させることができるのでは?

暮部:

阪急の一路線という立場にあるので、様々な課題がありますが・・。
日生エクスプレスも、春や秋のシーズンには、観光用として土日も運行するようになっています。

荻田:

沿線の商店街では個別にイベントを行っています。川西能勢口なら、きんたくんバル。
歩ける徒歩圏内でしか今のところ仕掛けられていないのですが、沿線の各商店街がひとつのイベントでつながっていくということが、のせでんで実現できるかもしれません。
たとえば、フリーパスチケットをのせでんさんで販売していただき、1週間はそれに 参加している店をまわって飲食できるとか、そういった仕掛けができるのは、やはりのせでんです。
沿線の店は、大阪府と兵庫県という行政をまたいでいるので、行政同士での調整は難しいですが、民間の事業者だからこそできるのでは?私たちも商工会にいる中で、協 力していっしょにやっていけたら、結構面白いことができるのではないかと思います。

斉藤:

あらためて、のせでんの旅をしたときに思ったのですが、一人で行っても友達ができる路線だと感じました。
口コミがいちばんだと思うので、どんどんアピールしていきたいですね。
のせでんのアートラインも大変楽しみにしています。

暮部:

本日いろいろ頂いたご意見については前向きに検討できるものは検討していきたいと思います。
私達の基本は安全。安全を確保し、お客様を気分よく目的地に運ぶという本来の仕事をこれからも達成するために、その責務を全うしたいと考えています。
地域の生活に密着した交通機関として、責務を全うするために努力していきますので今後ともどうぞよろしくお願いします。

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